◆私が影響を受けたヴォーカリスト(1)

MonosヴォーカルのKAZOOです。私が影響を受けたヴォーカリストについて書いてみたいと思います。先ず第一弾、URIAH HEEP のヴォーカリスト、DAVID BYRON (デビッドバイロン)です。

DAVID BYRON

URIAH HEEP(ユーライア・ヒープ) というバンドをご存じですか?。
LED ZEPPELIN や DEEP PURPLE が大人気の頃ですので少し隠れていましたが、根強い人気のあるバンドです。私にとっては DAVID BYRON(デビッド・バイロン)がイコール、ユーライア・ヒープだったので、初代ヴォーカリストのデビッドバイロンが交代してからのアルバムは聴かなくなったほど。
私が初めて知った1975年当時のユーライア・ヒープは、キングクリムゾンからジョン・ウェットンが加入したころで、中学生だった私が受験勉強中にラジオから「プリマドンナ(Prima Donna)」が流れてきて、その曲調にも好感を持ったのですが、それよりもデビッドバイロンの歌声に魅了されてしまいました。「いいヴォーカリストだな」そう思って調べたらユーライア・ヒープに行き当たり、プリマドンナが収められたアルバム「幻想への回帰」を聴いて、このバンドのファンにもなりました。


デビッドバイロンは1969年~1976年までURIAH HEEP に在籍、9枚のアルバムに参加。

(1)『ユーライア・ヒープ・ファースト』Very'eavy Very 'Umble(1970)

(2)『ソールズベリー』Salisbury(1971)

(3)『対自核』Look at Yourself(1971)

(4)『悪魔と魔法使い』Demons and Wizards(1972)

(5)『魔の饗宴』The Magician's Birthday(1972)

(6)『スイート・フリーダム』 - Sweet Freedom (1973年)

(7)『夢幻劇』 - Wonderworld (1974年)

(8)『幻想への回帰』 - Return to Fantasy (1975年)

(9)『ハイ・アンド・マイティ』 - High and Mighty (1976年)

 

URIAH HEEP

URIAH HEEP 脱退後のデビッドバイロンですが、1975年にTake No Prisoners、1978年にBaby Faced Killer、、そして彼の死の1年前の1984年に録音されたThat Was OnlyYesterdayの3枚のソロアルバムを録音しました。この期間中、バイロンは元コロシアム/ハンブルパイのギタリストであるクレムクレムソンと元ウィングスのドラマーであるジェフブリトンと協力してラフダイヤモンドを結成しました。彼らは1977年3月にアイランドレコードのために1枚のセルフタイトルのLPを録音しました。アルバムは売れ行きが悪く、バイロンは辞めました。(by Wikipedia)

そして、バイロンは、1985年2月28日にバークシャーの自宅で、肝臓病や発作などのアルコール関連の合併症で亡くなったとされています。38歳という若さでした。

 

現在の私のヴォーカルとしての基礎はデビッドバイロンによるものと言って過言ではありません。 歌の抑揚の付け方やブレス、ファルセットに至るまで、大きく影響を受けました。

URIAH HEEPは、プログレの要素が入ったメロディアスなブリティッシュ・ハードロックです。 中学生のころの友人からプログレの影響を受けていなければ、ここまでこのバンドを好きにならなかったでしょうし、デビッドバイロンの影響も受けていなかったかもしれません。やはり持つべきものは「友」ですね

2021年11月18日